懐かしに涼みて


 とん、と。
 電車を延々と乗り継いで、ようやくこの身はホームへと降り立つ。いかにもローカルと言った風情の座席で長い間揺られたせいで、体中のあちこちがひどく痛い。
 階段は相変わらずもろいけど、切符が自動改札に吸い込まれていく様は何だか新鮮。
 三年前より、少しは進化したみたい。
 駅員さんの穏やかな顔を横目に、唯一の出口へと向かう。

 ――懐かしい匂いが、するような気がして。
 駅の周りにも大して見るものなんて無いのに、ついつい立ち止まっては振り返ってしまう。コンビニは前からあったんだろうか、こんな田舎でも冷房は効いてるんだろうか。むき出しの腕にじっとりと汗がにじんでくると、甘い考えが頭を過ぎる。
(懐かしい匂い、か)
 嘘。
 本当は、懐かしさなんて感じちゃいない。
 昔とどこが変わったのか、探究心で比べようとしてるだけ。昔の記憶もすっかり薄まって、残ってるのは僅かな感慨だけ。
 当たり前じゃない、好きじゃなかったんだから。

 昔はこの眼下にある、どうしようも無く狭い街があたしの全てだった。
 娯楽も無い。事件も無い。
 そんなただぐるぐると廻り続ける平和が、つまらない日常が……いまの、あたしをつくってきた。



 商店街は、随分と寂しくなっていた。
 閉店の札が並ぶ様はみっともないし、シャッターにビビッドな落書きがあるのは恥ずかしい。
 ひどく怖いおじさんの立っていた本屋も消えている。あそこで小説や漫画を物色するのが、あたしにとっては唯一の娯楽だったのに。
 ところで、立ち読みがしたい人はこれからどうするんだろうか。
 ほんの少しだけ気に掛かった。

 人を見る。建物を見る。
 同じだけど違う。説明がつかないけど、違う。
 あたしのいない三年間で、「当たり前」は当たり前じゃなくなっていた。
 あたしのいない三年間で、下らないと思ってた平和も日常も失われていた。
『変わった』
 大した感慨も無かったくせに、愕然とする。





 だけど。……あそこは?
 ふと思い立って走り出し、人気のあまり無い通りを駆け抜ける。風は存外に優しい。
 脇目も振らず必死に腕を振る。
 そのままがむしゃらに進んで三つ目の角を左に曲がった所に、――――あった。

 ふわふわの氷と珍しいシロップ。
 一度食べたら忘れられない、不思議な魅力のかき氷屋さん。



 恐る恐る店内に入る。
 ……ガリガリ、ガリガリ。
 半ば首の動かない扇風機が、この空間で唯一の空調設備だ。
 ……ガリガリ、ガリガリ。
 ドリルみたいな破壊力でもって、巨大な氷を削る音。
 ……ガリガリ、ガリガリ。
 どんな着飾ったスイーツにも負けない、甘い誘惑。

「あら、いらっしゃい」
 頭上に掛けられた木製のメニュー表をぼうっと見つめていると、店の奥からやって来たおばさんが笑いかけてくる。もちろん、あたしはこの人を知らない。
 狭い町とは言え、全員の顔や名前はさすがにわからない。あるいは越して来た人という可能性もある。
「何にします?」
「え?」
 折角の冷え切った氷さえも、ゆるやかに溶かしてしまいそうなあたたかい笑顔。
 おばさんの出自を悠長に分析していたあたしは、硬直した。
 ――嘘、でしょ?

 三年前、窮屈で飽き飽きしていた世界。
 そのために捨てた場所が、こんなにもあたしに優しかっただなんて。
 知らないよ。知らなかったよ。
 もし知っていたら、最初から外になんて出なかったのに。



 胸が締め付けられる思いを隠して、平然を装い席に座る。低めの古びた椅子が一瞬軋む。
 そして迷わず、昔のお気に入りを頼む。
「……三色シロップ。イチゴは多めに、メロンとレモンは少なめで」

 変わらないお店の、変わらないかき氷。
 久々に食べたその味は、泣きたくなるほどいとおしかった。





<<<back  **   Top  **   next>>>

2007.9.6  藍咲万寿