彷徨いの薔薇
※突発企画「30分小説企画(テーマ:土星)」参加作品※


『サトゥルヌス』。
 他の連中は、俺をそう呼んでいた。
 大抵は「そこの」で済まされてしまうから、実際に呼ばれることなど滅多に無かったのだが。
 それは決して間違いでも嫌がらせでも無い。「子殺しのサトゥルヌス」というのが俺の通称であり、俺の罪の名。
『サトゥルヌス』。
 ――光溢れる大通りを外れ薄汚れた裏道へと進まざるを得なかった、馬鹿な男の成れの果ての名。





 あの日はひどい天気だった。家を水で覆わんばかりに雨が降り続き、ドアを突き破らんばかりに強風が吹き荒び、窓を壊さんばかりに雷が鳴っていた。

 暗闇に差し込む光。
 照らし出されるのは真っ赤に染まった幼い子ども。
 薄いガラスに残る刹那の映像。
 映し出されるのは手に包丁を握り締めた男。

 ……俺は刃をただ一度振るっただけで、自らの全てを受け継ぐ遺伝子を完全に失った。

 若かったのだ。女の遺した唯一の財産を、重荷と感じてしまった。
 怖かったのだ。己のような報われない人間の血筋を、生んではならないと思い込んでしまった。
 だが、それは理由にならない。
 結局「子殺し」をした俺がまっとうな世界に帰れるはずは無く、今や裏組織の末席に生きる人間だ。もう戻ることは出来ないし、戻ろうという気にもなれない。
 馬鹿でかい改造ショットガンを抱えて、星の無い街を飛び回るだけだ。





 任務を終えて金を貰えば、仲間はふらふらと解散していく。
 誰もが夢遊病なのだろう。この地上には既に「現実」さえ存在しない、故に目指すのは自ずと「夢」になる。
 かく言う俺も、妄想にとりつかれている一人だ。屋上へ出てはどす黒い煙をぼんやりと燻らし、見るべきものの無い腐った眼下を見る。

「『サトゥルヌス』?」
「あ……何だ、『マルス』か」
 気付けばいつものように、女が一人隣へとやって来る。
 そして何も言わず、頼りない柵にもたれる俺に倣ってしなやかな身体を僅かに倒した。銃を手にしているのもいつものことだから、俺は気にせず問い掛ける。
「そっちの任務は終わったのか? お疲れさん」
「別に、すぐ終わったわ」
「……はいはい」
 素っ気無い返事には慣れている。むしろ寡黙な彼女に答えて貰えるだけでも、十分買われているということだ。
「今日は何人?」
「さぁ」
 解けてきた自身の腕の包帯を直しつつ、女は曖昧な返答をした。
 血が滲む白い布が痛々しい。



 彼女もまた、夢遊病なのだろうか?
 訊く勇気は無いが、知りたいとは思う。美しい紅一点の殺し屋は、何を考えているのか全くわからない。
「まぁ、数えることなんてくだらねぇもんな」
 俺はそれだけ言って、口をつぐむ。





 真夜中に生きる、土星と火星。
 神々しいとされた名も地に堕ちた。
 愚かな業に相応しい烙印を押され――俺達はこれからも、ひたすら夜を行く。

(それはまるで)
(棘で我が身を守ろうとして傷付く、哀しい薔薇のように)





>>>「彷徨いの薔薇」あとがき+α



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2007.7.27  藍咲万寿
(2007.8.22  再録)