それは仄かに
※突発企画「30分小説企画(テーマ:煌き)」参加作品※


 私がその娘を見かけたのは、蛍の飛び交う森の奥。
 仄かに光る薄手の衣から伸びた褐色の腕はすんなりとしていて、淡い紫の髪は衣と同じ生地と思われる布で緩やかに覆われている。到底人間には思えないが、だからと言って人を惑わす妖とも思えない。
 自身を照らす生きた灯火を優しい表情で眺め、時折滑らかに手を動かす。
 上手い賛辞は述べられずとも、これだけは言える――何と幻想的なのだろう、と。

『だれ』
 蛍の動きが止まった、ように感じられた。
 娘は若干強張った顔のまま振り返り、私と視線を合わせる。一瞬後に存在を隠そうとしてか縮こまったが、蛍のお陰で残念ながら居場所はすぐにわかってしまう。まだそう距離を詰めてはいないにもかかわらず震えているのが、逆に気まずい。
『だれなの』
「……」
 人間だ、と言えば取って食われるのだろうか。
 こちらもそれ相応の目的があってこんな僻地に現れている訳だから、負けるつもりも負ける気もしない。頭を掻きながらも思考は冷静で、狩衣の懐から呪符をいつでも出せるようそれとなく息を殺す。
 妖を討つ『呪者(じゅしゃ)』は他に幾らでもいようが、私と言う人間はここにしかいない。
 あとは相手の出方次第だ。



『わたしに、ようですか。……ニンゲンさん』
「上の命令でな、巡回だ。特別害さえ無ければ、別にお前がいても問題は無い」
 娘は攻撃をする素振りも見せず衣を僅かになびかせ、「そうですか」と返した。やや拙くも思えるが、言葉が通じたのはありがたい。
「何をしていた?」
『おともだちと、すこしはなしをしていたの』
「友……?」
 私が首を傾げるや否や、蛍がよりいっそう強く輝く。近くで見てみるとそれは蛍では無く――光の塊が泳いでいるような印象を受ける。
 成程、これが『友』だったのか。
『いつもかくれているのは、つらいから』
 娘は呟いて、私にぎこちない笑みを返した。
『ねぇニンゲンさん、いまだけはゆるして。もうすこししたら、きえますから』
 都から住む場所を奪われていく『何か』の叫びが、声の端々から切なく響く。確かにこの森は不可侵域のはずで、見回る私のほうが『侵入者』のはずだ。彼女はおそらく、過去に呪者の力で抑え込まれ、怯えを植え付けられたのであろう。
 紫の瞳は濡れて、その場の光をそっと吸い込んでいく。

「別に、構わない」
 そのせいなのだろうか、無意識のうちに私は静かに口を開く。
「所詮こんな場所まで、他の呪者は来るまい。……むしろ、もうしばらくこの煌きを見せて欲しい」
『いいの?』
 ついぞ見かけない色をした肌も。人間では在り得ない色をした髪も瞳も。
 このいたいけな娘には、あまりに似合う。

 まだ、夜が明けるには早い。、
 光の饗宴を楽しんでから帰った所で、誰も私を咎めることなどあるまい。





 人では無い娘と、次々に煌く光の精。
 彼らに逢うことが当然の習慣になるまでに、そう日は掛からなかった。

「さぁ――行こうか」

 そして今日も私は、魅せられた世界に足を踏み込む。呪者の本分を僅かに忘れ、穏やかな時を過ごすために。





>>>「それは仄かに」あとがき+α



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2007.7.21  藍咲万寿
(2007.8.3  再録)