それは少女の
※突発企画「30分小説企画(テーマ:樹海)」参加作品※
「一緒にいるべきではなかったのかもしれない」
娘はうずくまり、呟く。誰に聴かせるつもりも無い、ただの独り言だ。友人ある光の精霊達――仄光(ほのびかり)も今は傍におらず、彼女の前には姿を現さない。森が吸い込んだ声は木霊となって包み込まれ、次いで風に運ばれみるみるかき消される。
残ったのは、己の暗い声に我ながら戸惑う娘だけ。
「呪者と、異種なんて」
きゅ、と結ばれた桜色の唇はひどく甘いものに思われるが、なびいた髪は人間のものとは思えない紫。
「……最初から、無理だったのよ」
恋をした。
だから少女から娘になった。
願いが成就し急激に成長したその晩、仄光は彼女の目の前に現れて言った。
『もう、これでお別れだね』
それを境に、蛍にも似た光の塊たる友は娘の前から姿を消した。
人間への恋は、異種から「異種らしさ」を失わせる。不思議なことを起こす力や不思議なものを見る目という、「人間に非ざる者」としての大部分を。
まして相手は異種を狩る呪者。
娘は身からも心からも、大切なものを失ったのである。
ただ一つの思い故に。
闇に溶ける褐色の肌は薄手の衣の上にそっと掛けられた布ですっかり隠れ、長く伸びた髪だけが宵の世界にたなびいている。
仄光のいない――『視えない』森は真っ暗だ。
まるで漆黒に溺れているかのようだ、と彼女は思う。これでは、少女だった頃の思い出に縋りつきたくなってしまう。どんなに願ったとて、永遠に戻りはしないにもかかわらず。
「貴方は、どこなの」
迷いを振り切ろうと、娘は問う。
「迎えに来て、早く。わたし……もう、待てません」
幾ら泣いても訴えても愛しい彼が帰って来ないことはわかっていたため、もう涙は流しようが無かった。最早それはただの懐古に過ぎない。
――あの人は、とうの昔に死んでいるのだから。
深遠の森。深淵の森。
彼は何年経っても戻らない。それでも「待っていてくれ」と出会った時よりか幾分しわがれた声で囁かれた事実だけが忘れられず、彼女はなお生温い樹海の中にいる。
「怖いの、辛いの」
取り残されたまま、時間は巡る。
「せめて、この子が貴方に似ていたなら――」
肌を覆っていた布の傍、娘の腕の中には産着に包まれた一人の赤子がいた。
褐色の肌。紫の髪。
彼女と寸分変わらない容姿を持つ、『異種』の我が子。
似ていた所で「彼」では無いのだが、時折そう思ってしまう。母親失格だ。
「ああ、でも」
後悔はしていない。
確かに「別のもの」としては、彼と彼女は一緒にいるべきではなかった。結果としてはそうだとしても、彼のために捨てた全てに値するだけの代価がここにある。
ぐずる様子も無く穏やかに眠る赤子は、父親の如く落ち着いた子に育つのかもしれない。
「……可愛い子」
娘は壊れ物を扱うようにその幼い命を抱き締めて、瞳を閉じる。
そしてやや間を置いて、今は全く視えない友人に語りかけるように虚空を見上げた。
「仄光よ」
「貴方に、わたしの命をあげる」
「その代わり……いなくなるわたしの代わりに、この子の母に……そして、友になって」
貴方がわたしを愛したように、この子を愛して。
再び懐かしい光が視えたと思った瞬間、娘はその場に崩れ落ちた。力の抜けた腕から飛び出した赤子の身体は、柔らかな光の束にくるまれる。
彼女の願いが叶ったのか否かは、鬱蒼とした樹海だけが知っている。
娘はうずくまり、呟く。誰に聴かせるつもりも無い、ただの独り言だ。友人ある光の精霊達――仄光(ほのびかり)も今は傍におらず、彼女の前には姿を現さない。森が吸い込んだ声は木霊となって包み込まれ、次いで風に運ばれみるみるかき消される。
残ったのは、己の暗い声に我ながら戸惑う娘だけ。
「呪者と、異種なんて」
きゅ、と結ばれた桜色の唇はひどく甘いものに思われるが、なびいた髪は人間のものとは思えない紫。
「……最初から、無理だったのよ」
恋をした。
だから少女から娘になった。
願いが成就し急激に成長したその晩、仄光は彼女の目の前に現れて言った。
『もう、これでお別れだね』
それを境に、蛍にも似た光の塊たる友は娘の前から姿を消した。
人間への恋は、異種から「異種らしさ」を失わせる。不思議なことを起こす力や不思議なものを見る目という、「人間に非ざる者」としての大部分を。
まして相手は異種を狩る呪者。
娘は身からも心からも、大切なものを失ったのである。
ただ一つの思い故に。
闇に溶ける褐色の肌は薄手の衣の上にそっと掛けられた布ですっかり隠れ、長く伸びた髪だけが宵の世界にたなびいている。
仄光のいない――『視えない』森は真っ暗だ。
まるで漆黒に溺れているかのようだ、と彼女は思う。これでは、少女だった頃の思い出に縋りつきたくなってしまう。どんなに願ったとて、永遠に戻りはしないにもかかわらず。
「貴方は、どこなの」
迷いを振り切ろうと、娘は問う。
「迎えに来て、早く。わたし……もう、待てません」
幾ら泣いても訴えても愛しい彼が帰って来ないことはわかっていたため、もう涙は流しようが無かった。最早それはただの懐古に過ぎない。
――あの人は、とうの昔に死んでいるのだから。
深遠の森。深淵の森。
彼は何年経っても戻らない。それでも「待っていてくれ」と出会った時よりか幾分しわがれた声で囁かれた事実だけが忘れられず、彼女はなお生温い樹海の中にいる。
「怖いの、辛いの」
取り残されたまま、時間は巡る。
「せめて、この子が貴方に似ていたなら――」
肌を覆っていた布の傍、娘の腕の中には産着に包まれた一人の赤子がいた。
褐色の肌。紫の髪。
彼女と寸分変わらない容姿を持つ、『異種』の我が子。
似ていた所で「彼」では無いのだが、時折そう思ってしまう。母親失格だ。
「ああ、でも」
後悔はしていない。
確かに「別のもの」としては、彼と彼女は一緒にいるべきではなかった。結果としてはそうだとしても、彼のために捨てた全てに値するだけの代価がここにある。
ぐずる様子も無く穏やかに眠る赤子は、父親の如く落ち着いた子に育つのかもしれない。
「……可愛い子」
娘は壊れ物を扱うようにその幼い命を抱き締めて、瞳を閉じる。
そしてやや間を置いて、今は全く視えない友人に語りかけるように虚空を見上げた。
「仄光よ」
「貴方に、わたしの命をあげる」
「その代わり……いなくなるわたしの代わりに、この子の母に……そして、友になって」
貴方がわたしを愛したように、この子を愛して。
再び懐かしい光が視えたと思った瞬間、娘はその場に崩れ落ちた。力の抜けた腕から飛び出した赤子の身体は、柔らかな光の束にくるまれる。
彼女の願いが叶ったのか否かは、鬱蒼とした樹海だけが知っている。